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医学・生命科学の研究には,これまで各種の生き物が使われてきました.食べ物の安全性の検査,医薬品の開発,最近では環境問題の研究にも,それぞれの目的に最適の生き物を無駄なく使ってきました.そのおかげで,私たちは快適な生活を送れるようになり,平均寿命も延びました.しかし,高齢化社会を迎えてアルツハイマー病や,人口10万人当たり100~150人と推定されるパーキンソン病などの難病で苦しむ方が多くなっており,これらの問題を克服するためには,人間や人間に近い動物で脳の仕組みを詳しく調べることが重要です.また,脳卒中や脊髄損傷後のリハビリテーションも大きな課題です.さらに,自閉症や注意欠陥多動症候群(ADHD)といった子どもの発達障害の原因解明,交通事故などによって脳に損傷をうけ,記憶,視覚,言語がダメージをうけるだけでなく,人格が変容するようなこともある高次脳機能障害の治療法の研究も重要です. |
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これらの問題を解決するためは,人間で直接,研究することは許されません.そのため,人間に比較的近い脳をもつニホンザルなどが必要となります.もうひとつ大きな研究として,感染症や免疫の研究があります.たとえば,新型肺炎SARS の原因ウイルスは,サルを用いた研究で特定されました.また,エイズウイルスも霊長類にしか感染しないため,マウスなどを使って治療法を研究することはできません.サルと人間だけに感染する病原体は数多く知られており,それらの感染症の発生メカニズムと病態を明らかにすることと,治療法,予防法の開発には,サルでの研究が必須です.今後の発展が期待される再生医学,生殖医学,心臓外科などの臨床医学の領域でも,サルを使った研究が不可欠です |
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研究用ニホンザルの繁殖センターを国内に作ろうとする運動は,昭和20年代から関係者によって行なわれましたが,様々な理由により,今日まで実現には至っていません.計画的繁殖が行なわれていないことは今や医学・生命科学研究に用いられている研究用動物種の中では例外的なことです.その最も大きな理由は,日本は先進国で唯一野生のサルが生息している国であり,年間約1万頭の野生のニホンザルが「猿害」を理由に捕獲されており,その一部が研究用に利用されるという環境があったからです. |
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しかし,野生動物を研究に直接利用することに対する様々な議論をふまえ,また,人畜共通感染症や遺伝形質等,研究用動物としての質の問題や,安定供給の問題からも,今こそ国内に研究用ニホンザルの繁殖センターを設立する方向に舵を切らなくてはいけない時期に来ています.ちなみに,国内に野生のサルが生息していない米国では,既に1960年代から研究用サルの繁殖センターが設置されました.今では,それぞれ数千頭のサルを繁殖・飼育する霊長類センターが作られ,研究用にサルを供給するだけでなく,サルに関する種々の問題についての研究が盛んに行なわれています.繁殖センターを設立し,研究用ニホンザルを安定的・恒常的に供給する体制を確立することは,野生ザルの生態系の保護にもつながります.繁殖センターの設立は,医学・生命科学の研究者だけでなく,さまざまな立場でニホンザルにかかわっているさまざまな分野の人々が長年願い続けてきたことでもあります. |
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サルはヒトの近縁種であるがゆえに,サルを用いた研究が批判にさらされてきたことは確かです.そのような批判を私達研究者は真摯に受け止め,研究施設での飼育環境の改善をはじめとし,動物福祉向上についてのより一層の努力を続けてきました.各関連学会では動物実験指針が策定され,会員に対して遵守の呼びかけも行われた結果,研究用動物に対する福祉はこの10-20年ほどの間に格段に改善されました.昨今,日本から大変質の高い重要な研究報告が数多くなされていますが,このような研究ではサルは研究者の重要な研究パートナーであり,彼らが積極的に研究者に協力してくれるようでなくてはできません.彼らがストレスを感じているようでは,これらの研究は不可能です. |
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このように研究用動物の福祉向上についての具体的な取り組みを進める一方で,サルが実際にどのような研究に用いられ,どのようにして人類の福祉の向上に貢献しているのか,また研究室でどのような指針に基づいてサルが取り扱われているかを公開し,広く国民の理解を得ることも私達研究者の義務であると考えています. |
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現在,国の事業として,研究用ニホンザルの繁殖センターの設立が計画されています.ただし,ニホンザルは繁殖効率が低く,成熟するまでに最低でも4,5年の時間がかかります.今すぐに設置しても,安定して供給する体制が確立するまで5~10年かかります.今すぐ事業を開始しなければ,現在,世界をリードしている日本の医学・生命科学の研究,特に脳科学の研究が停滞し,私たちの生活に大きな影響を及ぼします.そして,その影響をもっとも強くうけるのは,私たちの子ども,孫の世代です. |
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本シンポジウムは、「マカクザルバイオリソースプロジェクト」のニホンザルの繁殖供給の取り組み,また,このプロジェクトを通して日本のサルを使った研究とその応用の現状を広く知って頂くために開催いたします. |
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